お侍様 小劇場 extra

    “皐月晴れ” 〜寵猫抄 “花曇り” 後日談


 さっきのすぐでは思い出すものも多かろからと。遅くなった昼食は、勘兵衛がスペイン風オムレツを作ってくれたし。夕餉はさすがに自分が用意しますと言い出した七郎次だったので、あくまでも見張りだと、勘兵衛がその腕へ久蔵を抱えたまま、ダイニングの椅子を持ち込んでのキッチンへと同座した。時折視線が重なってはくすすと微笑ったり、そうかと思や、久蔵をお膝へ立たせ、よいよいとあやす壮年殿のお顔に絆されたりするうち、物陰に何か居そうだという恐怖心も、すっかりと紛らわされてしまったようで。後片付けには一人で向かい、いつもの手際でちゃっちゃと済ませると、食後のお茶一式を不備なく掲げ持ち、居間まで余裕で戻って来れたほど。炬燵に入ってのお隣り同士になるのも、久蔵をあやすお互いの優しい横顔を堪能したり、他愛ない会話に笑ったり拗ねたりも数日振りな二人だったが、


  何と言っても……最も足りなかったものといやぁ。


 何も言わずに延べた手から、なのに逃げもしない君。すべらかな頬へと手のひら添わせれば、そのまま頬や口許擦りつけてくれて。だってわたしも恋しかったのですものと、青玻璃の双眸がやさしく甘くたわめられ。お膝に乗ってた小さな坊や、もう眠たいのか降ろしたまぶた。なのにお鼻がすんと鳴ったは、大人二人の醸した空気、敏感なお鼻がついつい拾うてしもうたからか。壮年殿の大ぶりの手へやすやすと収まる仔猫、それでもそおとの丁寧に、ソファーに置かれた寝床へ運び。気に入りのタオルを掛けてやれば、うにゅと可愛い寝声を洩らす。愛し子はこれで安心と、見守ってたそのまま、今度は互いを見やったお二人。

  「………え?///////」

 屈みかけてた身を起こしての、寝室へ向かいましょうと促しかけた手を取られ。引き寄せがてらという口づけ浴びて、早速にも勘兵衛から翻弄されてしまうのは、だが。今宵ばかりは悪い気がしなかった七郎次であり。その胸へすっぽりと包み込まれて、お顔もろくに見えずとも。懐ろの堅さや匂いが“彼”を十分感じさせてくれる。それより何より、勘兵衛の腕がこちらを引き寄せ抱き込める所作や強さが、そのまま…この自分への“求め”の意志に通じていて嬉しい。4日も離れていたことでつのった寂しさは、彼とて同じ。電話やチャットで顔を見ようと声を聞こうと、相手の温みへ触れられないのは変わらぬこと。ましてや孤閨の空しさと言ったら。

 “いや、あのその……。////////”

 触れただけ、重ねただけの口づけは、そのまま食むようなそれへと進み。こちらが抵抗しなかったことも相俟って、互いの口唇の柔らかな肉感と、ついでに…すっかりと絆されておりますという心持ちをも存分に堪能し合えて。一旦離したお顔を覗き込む勘兵衛へ、小首を傾げながらも見上げ返せば、すいと近づいた耳元へ何やら囁いた彼だったので、

 「っ、もう。//////」

 この期に及んで、一体何を揶揄したのやら。真っ赤になった女房殿が振り上げた拳を、くつくつ微笑って胸板へと受け止めながら。再びその懐ろへ引き込んだ肢体、今度はひょいと…膝下へも腕を入れての抱えてしまい。あわわと焦る七郎次の額へとその口許を押しつけた壮年殿、その所作へと重ねて囁いたのが、

 「恥ずかしいなら、眸を瞑っておれ。」
 「〜〜〜〜。///////」

 何でこうも、無駄にカッコいいかなこのお人は…と。年下の情人が ますます真っ赤になったのは、言うまでもなかったのだった。




      ◇◇◇



 勘兵衛にしてみれば、寝室までを お手々つないでよろしく、連れ立って向かうというのが、何とはなく面映ゆかっただけのこと。リビングからなら さして離れているでなし、まだまだ大して衰えのない身には、大切な存在の重みも ただただ甘美。言われた通りに眸を瞑るのは大仰と思ったらしいが、さりとて視線を合わせるのも恥ずかしいのか。七郎次は伏し目がちになっており。それでも、寝室前へ到着すると、両手の塞がっている勘兵衛に代わり、ノブを回すという気の利かせようを見せたのが、いかにも彼らしい人柄の現れではあったけれど。

 「…すまぬな。」
 「……。//////」

 一応の謝辞を述べた勘兵衛へ、ふるふるとかぶりを振りつつ首を縮めた彼だったのは。依然として照れが去らぬか、それとも耳元での声掛けが擽ったからか。中へと踏み入った寝室は暗かったが、それでも町なかの宵、墨を流したようなというほどもの暗さではなし、慣れもあってのこと、寝台へまではすぐにも達した。カーテンの隙間から漏れ落ちるは月光か。夜陰を切り取る真珠色の細い線が、そろと降ろした七郎次の、二の腕や肩を横切るようにするりと舐めてゆき。シャツの袖のしわやひだの山をうねうねと忠実に撫でた光、剥き出しな手の甲へは、なめらかなまま真っ直ぐに流れているのが妙に印象的だったが、その手は じっとなんてしていなくって。

 「シチ?」

 ここまでを勘兵衛から一方的に進められたのが癪だったか、彼を抱き降ろしたそのまま、その身を起こしかかる御主の肩へ至ると、んん?と見下ろす壮年殿の、精悍な面差しへと手を伏せる。ちょうど先程とは逆の素振り、そのまま真似た彼であり。指先が目の間近に届いていても、ちいとも恐れぬ彼なのが、自分だってそうだったくせに何だか嬉しくてならぬ。甲の側へは、濃色の豊かな髪が肩口からすべり出しているのへと触れており、その身を傾ければそれがそのままお顔へかぶる。見えなくなるのは詰まらぬからと、頬から浮かせた手で耳元へまでと掻き上げかかれば、

 「……ぁ。////////」

 そんな所作を途中で遮るようにして、寝台の上へ横たわる女房に覆いかぶさった勘兵衛で。まずは腕を両脇へ突くことで、上体の身じろぎ封じ。肩口や二の腕へ手を添えてのそれから、相手の胸元へその身を軽く乗り上げさせる。さながら自身で相手をそこへと縫い留めたようなもの。勿論のこと、重さを加減されてはいたが、

 “ 、……っ。///////”

 間近になった御主のお顔へ見とれつつ、そんな必要はないのにと、他意なく思った七郎次だったが。やはりこぼれ落ちて来る髪、掻き上げようとした手をやんわり捕まえられ、その手の側の首元へ、そおとお顔を埋められた。

  間近になる温みが愛おしい

 まだ触れぬうちから、その肌から放たれる熱がこちらの肌の表を先触れで掠める。日頃は“文筆業に勤しむ小説家です”と、大人しい文人ぶってる御方なれど。その実、それなりの武道も修めている頼もしい剛の者。精悍な雰囲気は伊達じゃなく、実をとものうそれ、匂い立つほどの男臭さには、同じ性もつ身でも十分に酔ってしまうほど。そんな人から求められ、顎の下、おとがいの縁からすべり落ちた先の深みの肌へ、優しい口づけが触れかけたその時だ。


  「………っっ! や…、あぁっ!」


 熱湯でも浴びたかのような、いやさ 氷をいきなり当てられたかのような。得体の知れぬそんな悍気
(おぞけ)が襲い掛かっての、ほぼ反射的なそれ。背条がうなじがぎゅうと詰まり、身がすくんでといった反応が出た末に、精一杯の力もて、勘兵衛の肩を押し返そうとした七郎次であり。彼自身もその身を遠ざけたいか、身をよじっての逃げんとしたほど。このような“拒絶”は、昔からを顧みても初めてのことであり、

 「………七郎次?」
 「  あ……。」

 勘兵衛としては強引に押さえつけていた訳でなし。故に、組み敷いた身が強ばって、その手がしゃにむにこちらを引きはがそうとしたことへ、おやと感じたそのまますんなり、自分からも身を起こして離れてやったほどであり。ただ、

  ―― そんなにも嫌がることだったかなぁ、と

 微妙にキョトンとしておいで。そんな彼が見下ろした先では、七郎次もまた、

 「???」

 選りにも選って、自分の反応が理解出来ないらしくって。彼の側からは左側に当たる肩口へ自身の手を伏せ、何でだ何でと大きに戸惑っている模様。

  如何した?
  それが…判らぬのです。
  ???

 自分でさすっての探ってみても、何処か何かが痛いということもなく。こちらへと軽く乗り上げたままで見下ろしてくる、勘兵衛なのへは何ともない以上、勿体なくも(?)いきなり睦むのが不快になったとも思えない。

 「どうしたのでしょうか。急に…その、怖くなって。」
 「怖い?」

 昼のうちに怖い目に遭ったこと、ふっと思い出した彼だというのか。何もこんな間合いで思い出さずとも…と、それでも宥めるようになめらかな金の髪を梳いてやれば、同じ側だというに、頭や鬢近くへ触れる手へは、何とも…抗う反応とやらは現れない。それどころか、心地いいと言いたげに深々と吐息を洩らし、先程 萎縮を見せた強ばりをゆるゆると解いたほど。

 “…だというに、”

 首元へ顔を埋めかかると、またぞろ…猫が毛並みを逆立てるかのよに、首や肩をすぼめてしまう彼であり。しかも、

 「……勘兵衛様ぁ。」
 「そのような情けない顔をするでない。」

 意に添わぬ反応だというだけじゃあない、もしかせずとも、ご当人としては…触れてほしいとの思い入れもあるのだろうに。なのに、侭ならぬはこの身の態度。口づけが平気だったのにどうして…とでも思うのか、どうしましょうかと困り果てたお顔となったのが。拒絶を受けたことへ、実は勘兵衛とて多少はギョッとしたその衝撃さえ、たちまち溶かしてしまったほどに愛おしく。

 「さて、どうしたことか。」

 もう一度と、今度はそろりと延ばされた手のひらが、そおと触れても総身が震える。ただし、

 “今のはただならぬ緊張のせいもあったようだったが。”

 意識し過ぎから来た萎縮と勘兵衛には判ったが、さりとてこういうものは、落ち着けと言われてすんなりと緊張が解けるものではなく。

 「…気づかぬうちに、そう、服の襟ででも強く擦って痛かったか。
  それともほどけていた髪がずっと触れていて、心地の悪い想いをしたか。」

 そんなこんなを話しかけつつ、勘兵衛が触れたは逆の首条。すると…、

 「…………あ。///////」

 そちらへは何とも…ひくりとも震えぬものだから。七郎次本人からして“あれれぇ?”と、意を得られぬままなよな、微妙な顔つきとなっていたものの、

 「ほれ。きっと気づかぬうちに何かあった、物理的なものぞ。」

 ふふと微笑った勘兵衛、そのままこちらへお顔を埋めての仕切り直せば、

 「あ…。////////」

 言われたそのまま、何ともないと示してだろう、先程は撥ね除けようとしかかった同じ手が、ひく…と指先を震わせたが上がっては来ないまま。思わずこぼれた甘ったるい声を恥じてのことだろ、口許へ指の背を当てて見せるばかり。

 「嫌ならそちらへは触れぬまで。それなら良かろ?」

 髪を撫でるだけ、それ以上はしないと.左側へは口許寄せぬとの言いようする優しいお人。耳元への甘い囁きの、言の葉の優しさへか それとも吐息の熱にだか。はあと吐息をついたそのまんま.やっと触れ合えた頼もしい温みを、自分からも手を延べ、今度こそと迎え入れた七郎次だった。








  〜Fine〜  2010.05.02.


  *回りくどくてすいません。
   特に前半は、
   拍手お礼のSSと中身もダブってるような気が。(笑)
   すぐ前の『花曇り』にて、ああまで恐ろしい目に遭った七郎次さん。
   生々しい悪夢のようだった、そりゃあ途轍もない恐怖を、
   黒いのとの真剣勝負なんてな ささやかなことで、
   あっさりと相殺されちゃあ…あんまりでは?というご意見もあり。
   いや、ご当人には結構 嵩は同じだったかも、
   でもでも、確かにギャグで落とす話じゃないようなと、
   あれこれ考えた末の“続き”でございます。

   このまま何が何だか判らなくなったところで、
   問題の側にも口づけ降らせて、ほ〜ら大丈夫と丸め込み。
   翌日にはもうもう大丈夫と、慣らしてしまわれていたりして。
   さすが壮年ともなると宥めようも上手だったと、
   久蔵さんが、兵庫さん相手にしみじみと感心してたらいいです。

   『……ちょっと待て。なんでお前がそうという流れを知っておる。』
   『ああ、見ていたから。』
   『〜〜〜〜っ!!』

   あんなことの後だ、案じておっただけではないか。
   ……って、なんで殴るのだ とか何とか、
   大妖狩り様の方でも一悶着あったりしてな。
(笑)

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